東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)170号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件考案の要旨)、及び三(本件審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告ら主張の本件審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第七号証によれば、本件考案は、波形スレート屋根用樋受金具、特に波形石綿スレート屋根に直接取り付けられる樋受金具の改良に係るもの(本件考案の訂正明細書第一頁左欄第八行ないし右欄第一行)であつて、従来スレート屋根に直接取り付けられる樋受金具は、樋受金具本体に続く直立部分の上端に横向き「U」字形の屈曲部分を形成し、該「U」字状屈曲部にスレートの庇を嵌入挟着状とし、該屈曲部とスレート庇とをボルトナツトで締結しているが、スレート屋根にボルト挿通用の孔を錐であける作業と共にボルトを挿通して庇裏面でナツト締結を行う作業が極めて困難であり、かつ体位の不安定による危険を伴う(同第一頁右欄第二行ないし第二頁左欄第四行)との知見に基づき、このような欠点を解決することを技術的課題(目的)とし、弧状彎曲部1に連成する直杆部2至端に横向「U」字状屈曲部3を一体に形成すると共に、該屈曲部の上方板部4の幅方向中央部に一個の下向短突起5を形成せしめたことを特徴とする構成を採用したものである(同第二頁左欄第三〇行ないし第三四行)ことが認められる。
これに対し、第一引用例記載の樋受金具は、弧状彎曲部に連成する直杆部至端に横向U字状屈曲部6を一体に形成すると共に、該屈曲部のブランチ8の幅方向両端部にそれぞれ一個ずつ、したがつて幅方向で計二個の爪12、13を形成せしめた屋根用樋受金具であること、本件考案と第一引用例記載の樋受金具とは、弧状彎曲部に連成する直杆部至端に横向U字状屈曲部を一体に形成すると共に該屈曲部の上方板部(第一引用例記載の樋受金具のブランチ)に下向短突起(第一引用例記載の樋受金具の爪)を形成せしめた屋根用樋受金具である点で一致し、第一引用例記載の樋受金具がブランチに形成した爪のブランチの幅方向における個数及び位置をその両端部に各一個ずつの計二個としたのに対し、本件考案が上方板部に形成した下向短突起の上方板部の幅方向における個数及び位置をその中央部に一個とした点で相違すること、及び第二引用例ないし第四引用例記載のものは、支持金具の取付部の幅方向中央部に一個の突起を形成した構成であること、さらに、本件考案と第一引用例記載の樋受金具は共に「A 横向U字状屈曲部によりスレートを挾持することができる。B 右Aの構成と上方板部の構成の結合により、屋根の挾持状態が安定する」という作用効果を奏すること、は当事者間に争いがない。
2 原告らは、本件審決が、本件考案について、前記A、Bのほか「C 前記Aの構成、その上方板部の構成及び上方板部4の幅方向中央部に一個の下向短突起5を形成せしめた構成の結合により、上方板部の幅方向中央部が波形スレート屋根の波の山頂に位置するようにして屈曲部3を屋根に圧挿するという簡単な作業で下向短突起5を屋根の波の山頂に圧接させることができるとともに上方板部を安定してその幅方向を水平状態に保持できる」という作用効果を奏するものであり、この作用効果は、第一引用例記載の樋受金具における横向U字状屈曲部とその上方板部を有する構成の奏する作用効果と、第二引用例ないし第四引用例記載のもの又はそれらの組合わせの構成である上方板部の横方向中央部に一個の下向短突起を形成せしめた構成の奏する作用効果の和以上の格別の作用効果であつて、本件考案は第一引用例ないし第四引用例記載のもののすべてによつてもきわめて容易に考案をすることができたものとは認められないと認定、判断した点について、右作用効果に関する認定、判断の誤りを主張するので、以下この点について判断する。
(一) 前掲甲第七号証によれば、本件訂正明細書には、本件考案の奏する作用効果について、「本考案は、スレート屋根に取付けられるスレート屋根用樋受金具の「U」字状屈曲部の上方板部4の幅方向中央部に一個の下向き短突起を形成したことによつて、スレートの庇における波の山頂に屈曲部3を圧挿すると、短突起5が波の大小にかかわらずおのずと波の山頂に載るので、波の大きさが変わつても上方板部4の幅を変える必要がなく、また該突起部分を叩打するという極めて簡単な方法でスレートの波の山頂に短突起5を打込み、これを確実強固に装着し得る」(第三頁左欄第一行ないし第一〇行)と記載されていることが認められ、右認定事実によれば、本件考案は、横向「U」字状屈曲部3とその上方板部4を有する構成と上方板部4の幅方向中央部に一個の下向短突起5を形成せしめた構成の結合により、上方板部4の幅方向中央部が波形スレート屋根の波の山頂に位置するようにして屈曲部3を屋根に圧挿することにより波の大小に変わりなく下向短突起5を屋根の波の山頂に圧接し、該突起部分を打ち込むという簡単な作業で上方板部4を確実強固に装着し、もつて安定してその幅方向を水平状態に保持できる、という作用効果を奏するものであることが認められる。
したがつて、本件審決が前記Cの作用効果について「屈曲部3を屋根に圧挿するという簡単な作業で下向短突起5を屋根の波の山頂に圧接させることができるとともに上方板部を安定してその幅方向を水平状態に保持できる」と表現したのは意を尽しているとはいえないが、その趣旨は、本件審決が第一引用例記載の樋受金具について「打ちたたき力を突起の波形スレートへの貫入に効果的に利用できると共にそのための準備作業も下向短突起を波形スレートの波の山頂に圧接させるだけで上方板部を水平状態に保持できる、という本件考案の作用効果を奏しない」と摘示していることからも明らかなように、本件考案は「屈曲部3を屋根に圧挿することにより波の大小に変わりなく下向短突起5を屋根の波の山頂に圧接し、該突起部分を打ち込むという簡単な作業で上方板部を確実強固に装着し、もつて安定してその幅方向を水平状態に保持できる」という作用効果を奏するものと理解することができ、本件考案がかかる意味において前記Cの作用効果を奏するものとした本件審決の認定に誤りはない。
(二) 一方、成立に争いのない甲第二号証によれば、第一引用例記載の樋受金具は、波型鉄板製又は類似の屋根の軒先に雨樋受け等を固定するために使用される弾性クリツプに関するもの(第一頁左欄第一行ないし第五行)であつて、その実施例として、挟まれた物に対するクリツプの固定力の強さを増すために、ブランチ8と9の間に12及び13のような爪(別紙図面(二)FIG1及びFIG3参照)や別の突起物を設ける(第二頁左欄第四行ないし第八行)ことが開示されているが、この爪や突起物を本件考案のような波形スレート屋根に用いる場合の作用効果については何らの記載も示唆も存しないことが認められる。
そして、成立に争いのない甲第八号証(JIS「波形石綿スレート」財団法人日本規格協会昭和四二年四月三〇日発行)によれば、本件出願当時、波形石綿スレートとしてJIS規格による小波、大波、リブ波があり、それぞれピツチ数(山頂と山頂との間の距離)を異にする(一ピツチにつき、小波六三・五mm、大波一三〇mm、リブ波一九五mm)ことが認められ、なお、本件出願後に刊行された資料であるが、成立に争いのない乙第一号証(「建築学ポケツトブツク」オーム社昭和三五年五月一〇日第一版第一刷、昭和四六年七月一日第一版第一八刷発行)によれば、本件出願当時からこれらのスレートはいずれも屋根用に使用されていたものと推認することができ、さらに成立に争いのない乙第二号証(「建設物価一九六八年四月号」財団法人建設物価調査会昭和四二年四月三〇日発行)によれば、本件出願当時前記JIS規格外の波形石綿スレートとして中波(成立に争いのない乙第三号証によれば、中波は一ピツチ一〇〇mmであると認められる。)も屋根用に使用されていたことが認められる。
右認定事実によれば、第一引用例記載の樋受金具がブランチ8の幅方向両端部に爪12、13をそれぞれ一個ずつ形成した構成であることからみて、原告ら主張のようにこの種波形スレートにおける山頂がゆるやかな波形の弧状面であることを考慮しても、スレートの種類に応じてブランチ(上方板部)の幅と両端部の爪(下向短突起)間の寸法を変えなければ、スレートの種類、したがつて波の大小に変わりなく常に爪12、13の双方を同時にスレートの波の山頂に圧接して該突起部分を確実強固に打ち込むことができないことが明らかである。そうであれば、圧接された該突起部分を打ち込むという簡単な作業でブランチを確実強固に装着し、もつて安定してその幅方向を水平状態に保持できるという作用効果を奏し得ないというべきである。
原告らは、第一引用例記載の樋受金具においても、あらかじめ上方板部の幅と両端部の突起間の寸法を設定しておけば、大波、小波を問わず一種類の樋受金具で使用できる旨主張するが、前記認定事実によれば、第一引用例記載の樋受金具を一種類の樋受金具でスレートの種類を問わず確実強固に装着できるように使用することはきわめて困難であり、しかも前掲甲第二号証によれば、第一引用例にはそのような構成について何らの示唆も存しないことが認められるから、右主張は採用することができない。
また、原告らは、本件審決が報告書Ⅰ(甲第六号証)及び報告書Ⅱ(甲第一〇号証)に基づいて本件考案と第一引用例記載の樋受金具との作用効果の差異を認定、判断したのは誤りであるとして、種々の主張をしているが、成立に争いのない甲第六号証及び甲第一〇号証によれば、右各報告書に記載された樋受金物のスレートへの打込み試験結果は、別紙試験結果の一覧表のとおりであつて、通常屋根上において樋受金具の短突起をハンマー等で打ち込む場合を想定して錘りと高さを選定し実験したものと推認され、一・三七〇kg又は一・一六六kgの錘りによりスレート大波に打ち込む場合、本件考案のような短突起一個のときには、高さ五〇cm又は七〇cmで短突起がほぼ貫入するが、短突起二個のときには、高さ五〇cmでは短突起が貫入せず、高さ七〇cmでは少し貫入するが打込み不足であり、貫入には高さ一〇〇cmを必要とすることが明らかであつて、その限度において第一引用例記載の樋受金具では打ちたたき力が小さい場合に突起の貫入不足が起こりやすく屋根上での作業の難易の点で両者の作用効果に差異があることを裏付ける証拠となり得るものであるから、原告らの前記主張は採用することができない。
3 以上のとおりであるから、第一引用例記載の樋受金具は、本件考案が奏する前記2(一)認定のCの作用効果を奏し得ないものであり、一方第二引用例ないし第四引用例には、支持金具の取付部の幅方向中央部に一個の突起を形成した構成が開示されているが、いずれも右Cの作用効果を奏し得ないものであることは原告らの認めて争わないところである。
そうであれば、本件考案の奏する前記2(一)認定のCの作用効果は、第一引用例記載の樋受金具における横向U字状屈曲部とその上方板部を有する構成の奏する作用効果と、第二引用例ないし第四引用例記載のもの又はそれらの組合わせの構成である上方板部の幅方向中央部に一個の下向短突起を形成せしめた構成の奏する作用効果の和以上の格別の作用効果というべきであり、本件考案は、これら公知技術によつては奏することのできない特有の作用効果を奏する点において予測困難性がある。
したがつて、本件考案は、第一引用例ないし第四引用例記載のもののすべてによつてもきわめて容易に考案をすることができたものとは認められないとした本件審決の認定、判断は正当であつて、本件審決に原告ら主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注1〕本件考案の要旨は左のとおりである。
弧状彎曲部1に連成する直杆部2至端に横向「U」字状屈曲部3を一体に形成すると共に、該屈曲部の上方板部4の幅方向中央部に一個の下向短突起5を形成せしめたことを特徴とする波形スレート屋根用樋受金具(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
<省略>
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
(以下省略)